「ぴーちゃん危機一髪」


 
 
 

「「淵」より」

script/関 真崎

〜始〜
それは、素晴らしい出会いだった。
私は、そう思う。
毎日、毎晩、多くの人が出入りするこの場所においても、人と人が出会い、親しむ様になることは簡単な事じゃない。少なくとも、私にとっては。
 ましてや、友人と呼べる立場になれるのは、出会った人達のうちのほんの少しだろう。
それほど難しい。
たとえ、この場であっても。
人と人が出会うことは。
けれども。
その一方において特別な出会いというものが確かにある。
始めてあっただけなのに。
始めてあったはずなのに。
彼の、もしくは、彼女の一挙一動が気になり、落ち着かない。その人といると心が弾み、だけども、安らぎを感じる。
もっといたいと思う。
私は、彼の人の気を引きたいが為に、なれない道化を演じる。恥を掻いたことは数知れない。
見っとも無いとは思うかもしれないけれど。
それでも、声を掛けて貰えたら嬉しかったはず。
カードを交換したときは身が打ち震えたはず。
そう、私にとってあの人との出会いは僥倖だった。それだけは間違い無い。
全てが終わってしまい、私達の関係に終止符が打たれた今であってもそう思う。
あの出会いは僥倖だった。
その先どんな別れがあったとしても。

〜1〜

私は、アガサという名の幼いHucasealだった。
特に理由があってHucasealにしたわけじゃなく、ただ、格好良いからそれを選んだ。
その先に育成のビジョンがある筈も無く、育て方に困っていた時期だった。
上手な人は「自分の好きなようにすれば良い」と、言うけれど、自分の分身には強い愛着がある。せめて、人様に恥じないように育てたい。あわよくば、自慢のキャラに育てたい。
私は、アペルという名のFomarの方にお世話になった。アペルさんはいろいろなことを、教えてくれた。
そして、アペルさんの縁で知り合ったのがあの人だった。
 

その日、私は、アペルさんと友人のHunewearlアニェスさんと一緒だった。
彼等と出会ったのは名前が縁だった。
偶々飛び込んだロビーでカウンターの前をうろついていた三人。そのロビーは人が少なく三人しかいなかった。皆の名前の最初にAが付くことには気付いていた。なんとは無しに意識し、立ち去り固い雰囲気。そのうちに、誰ともなく会話を始めた。
レベルが一番高かったのがアペルさん。
それから、同じ位のレベルの私とアニェスさんはアペルさんにいろいろと教わるようになった。
アペルさんは親切だけど、余り多くを語らない。どんな時でも。茶色いローブに赤い髪の長身の人。
アニェスさんは対照的によく喋った。私達のムードメーカーである。姉御肌の頼れる人。白い髪に白い肌、白い服と全身白尽くめの衣装だ。
その日は中央管理区に始めて行った日だ。
素晴らしい映像。特に海岸エリアの美しさは今までのエリアと比べ圧倒していたように思う。暗いエリアを中心に回っていた私達には感動的だった。
余韻を味わうように私達はロビーで話し込んでいた。
そこへ訪れたのがあの人だった。
システィーナさん。
薄緑の髪に帽子を被り、紫の衣装を纏ったFomarl。彼女はアペルさんに話かけた。
「お久しぶりです」
そういって深深とお辞儀をする。
「ああ」アペルさんは短く答えた。
私達は二人を見ていた。その様子にアペルさんが気付いたらしい。
「こちらシス」アペルさんが言った。
「始めまして」
システィーナさんは礼をしながら私達に言った。
それからの事は余り憶えていない。
私も挨拶をしたのだと思うが、それすらも危うい。
夢中になって話をした。
彼女は豊かな内面を秘めていた。
どこと無く優雅な動作には憧れたし、豊富な知識には脱帽した。それでいて、とても気さくでいた。
なにより、優しかった。
私達は彼女が好きになったし、私は彼女に夢中になった。

〜2〜

彼女には見習うべき点がたくさんあった。
特に、そのプレイスタイルから人に頼られることも多かった。
困っている人がいたら、必ず助けようとしたし、寂しげな人がいたら声を掛けた。
単純なことかもしれないけれど、それができる人はどれほどいる?
一度聞いたことがある。
どうして、そんなに優しいのか。
「それはFoだから」
 彼女は答えた。
私達はステンドガラスのロビーにいた。
そこは、彼女のお気に入りだった。
確かに、ステンドガラスと彼女は良く似合う。
一字一句、聞き逃さないようにしながらも、気はそぞろになった。
「聞いてる?」彼女は笑った。
「もちろん聞いてます」慌てて答える。
「わたしの役目がFoだからだと思う」
「はぁ」我ながら間抜けな返事だと思う。
「わたしが思うFoっていうのはね」
彼女はそう言って椅子から立ちあがり、拳を突き上げた。
「周りを癒すもの!」
「なるほど…」
だから、彼女は周りに治癒を施し、お礼の言葉には笑顔(の絵文字)で返し、困っている人には手を差し伸べるのか。
納得しつつも釈然としない。
「もしもですよ?」私は尋ねた。
「うん」
「システィーナさんがFoじゃなかったら違っていたと言うことですか?」
「そうじゃないよ。わたしがFoを選んだのであって、Foを選んだからわたしになったのじゃない」
とっても難しい。頭を抱えた。
「分りません」
「う〜ん。例えば」
 そう言うと椅子から立ちあがり伸びをした。
「普段、ある人が誰かにお世話になっていたとするね。でも、お世話になっている人は世話をやいてくれる人に恩をかえす機会がないわけ。」
「はい」
「そんな時にこのゲームを見つけて始めたとしたら、選ぶキャラクターはFoになるのじゃないかな?」
…うん。なんとなく理解はできるかな。
「なるほど…。じゃあ、転じるとシスティーナさんは癒すものってことですね!」
「あ、そんなつもりじゃなくてね。」
 システィーナさんは顔を覆った。
私は頷いた。
「誰かの役に立ちたかった?」
「そう、誰かの役に立ちたかった」
 システィーナさんも頷いて笑った。
「真似事かもしれないけどね、わたしはこのゲームで周りの役に立つことが楽しい」
彼女は振りかえった。
「アガサは違う?なにか理由があってHuを選んだのでしょ?」
「違いますよ!」私はびっくりした。
「特に理由はないです。格好良いからかな」
「本当に?」彼女は聞いた。
「残念ですけど本当です」
「そっか」「そうです」
彼女は笑った。
役に立ちたかったから。
彼女はそんな人だった。
 

それから、私はいろんな経験をした。多くの人と出会い、様様なイベントを体験できた。
その中で、アペルさんに助けられ、アニェスさんと遊び、その度、システィーナさんに癒された。
私も大分強くなったと思った。事実、レベルも高くなっていたし。
けれどもそれはただの勘違いだったのだけれど。

〜3〜

その日、私達はロビーにいた。
アニェスさんと冒険していたが貴重なレアを見つけることができて、ちょっと興奮していた。
ロビーはいつもと同じ。ステンドグラスのロビー。きらきらと輝いて見えるのは珍しい幸運の所為かな?
そこへ現れた二人組。悪名高き色物ブラザーズ。ちびでアフロなHumarスーと、でぶでちょび髭なFonewmポーン。
ステンドグラスが一気に曇って見え出した。
彼等は悪気が無いけれど失礼な台詞で知られていた。悪気は無いから人は彼等を責めにくく、従って彼等は増徴する。結果、彼等が訪れたロビーからは人が去っていく。その、恐ろしいロビー掌握手段から、ついたあだ名は「ミルギャランゾ」だとか、「グランメリカロル」だとか、「シノワレッド・ままラッピー」(私達はULTの森に稀にでる大きなラッピーをままラッピーと呼ぶ)だとか…。
しかし、その時は様子が違った。やけに元気がない。
「よ!元気?」アニェスさんが明るく話かけた。スーがこちらを見る。
「よう。アニェエールとヒューキャミソールか」
それを聞いたアニェスさんはいきり立ち、私はため息をついた。
私のボディペイントがキャミソールに見えるんだそうだ。
失礼な話じゃないか。
いや、何が失礼なのかと聞かれれば分らないけれど、失礼と感じるのだから失礼なのだろう。
一方、アニェスさんがアニェエールと呼ばれて何故怒るのか、私には分からない。尋ねたら、「じゃあ、なんでアガサはキャミソールと言われて怒るのさ?」と聞き返された。私には説明できなかった。それと同じなんだろう。多分。
とにかく、アニェスさんは怒り出した。
「あれ!色物元気無いね?あ〜わかった!また、ヘヴンパニッシャーでも探してたんでしょ?それで見つからなかった。当然だわね。あんたたちは行いが悪いから見つからないって言ってんのにわっかんないかな〜!第一、HuとFoがパニッシャー見つけても装備できないじゃないさ。どうすんのよ?カブキ者が考えることってわかんないわ〜。馬鹿なのよね!馬鹿馬鹿馬鹿!」
一気にまくし立てる。
あはは!やれ、やれ!
私は心の中でけしかける。決して口には出さないけれど。卑怯者?世渡り上手と言って欲しい。
それを聞いてスーもいきり立つ。
「馬鹿って言うなや!アホと言え!」
スーは自称関西人である。実際のところはわからない。その関西弁は怪しいものがある。
「貴重なお宝があるって知ったら欲しいって思うのは人情やろうが!ロマンや!それに、アガサだってしつこく狙って雨傘拾とったぞ!マダムだなんて貧相なくせに似合わんわ!」
「どうして私を巻き込むんですか!貧相ってどういうこと!」酷い。心が痛い。
「そ〜よ!それにしょうがないじゃないの!アガサは粘着気質でしつこいんだから!」
「あ、そうか」スーは納得した。
粘着気質だって?!
「私の何処が粘着気質ですか!第一、レアアイテムを狙うんだったらしつこく狙わなきゃ出ないでしょう!」私は詰め寄った。
「レアアイテムを持ってる人は皆そういう苦労をしたんですよ。そういう人はみんな粘着気質だって言うんですか!」
「そういう人達のは浪漫なのよ」
「だったら、私だって…」
「アガサは粘着気質やなあ」
「どこが違うって…」
 二人は顔を見合わせた。
「だって、そうなんだからしょうがないじゃない」
「説明できるもんやないなあ。でも、粘着気質やろ?」
粘着気質。
その言葉は私を切り裂いた。まるで打たれ過ぎたリリー系の断末魔のように私はくるくる回り昏倒した。
私をやり込めた事で二人は気がすんだらしい。話は本題へと移った。
何故、彼等はふさぎ込んでいたのか。
彼等に何があったのか。
「いひひ、リリーみたいに倒れたで。でも、ロクなアイテム持っとらんわ。価値無いやっちゃなあ」
いいから、本題に移ってよ!本当に悪気が無いのか?こいつら。
馬鹿げた話に苦笑しつつも、何故だか不安を感じる。
いつもと違う何かがある。
そこには、物言わぬポーンの姿があった。
こいつは…。何故何も言わないのだろう。

〜4〜

スーとポーンは早い時間から一緒になったそうだ。
そして、彼等は知り合いの検索を始めた。
哀れな被害者達が次々と引っかかっていく中に名前が挙がってしまったのはシスティーナさん。
彼等は気になることもあり、迷わずシスティーナさんの所へ移動した。
 

「ちょっと待って下さい」私は止めた。
「システィーナさんのことで気になることってなんですか?」
「あぁ…」スーは珍しく言いよどんだ。
「シスさんに襲われた人がいるって噂があってな…。アニェは知らん?」
「知らないね」アニェスさんは首を傾げる。
「シスさんは良い人やからな…。悪い話は広がらんのやろな」
 良い人ね。
彼等にも親愛の心はあるらしい。まあ、彼等も悪い人達では無いし。ちょっと失礼が過ぎるだけ。
 私は可笑しい。
「続けて下さい」
 

移動先はローカルシップ(人が少ないシップおよびロビーのことを私達はこう呼ぶ)だった。
システィーナさんは一人で部屋を作っていた。EP1のULTクラス。それ事体は、別におかしいことじゃないけれども。
その部屋は、バトルモードで設定されていた。
「襲われた」という噂が急に真実味を増し始める。
「どうするぅ?」ポーンが聞いた。
彼は舌足らずな喋り方をする。最初、ちょっとひいてたことは内緒。
「アホかい!ヤラレタからって命取られるわけやないやろ!行かへんかい!」
スーがどやしつけた。
「うわぁ…。恐ぁい…。優しぃぃくしてよぉ」ぶつくさ言いながらポーンが入室する。
 後を追うようにスーも入室した。
「シスさん居りますやろ?どこですのん?」
返事は無い。
「見てみてよぉ。遺跡にいるよ。2ぃまで進んでるぅ。さすがぁシぃさんだぁよぉぉねぇ」
「当たり前やろ!お前のような肉とちゃうわ!謝らんかい!同じFoですんませんって謝らんかい!いや、許さんで!全否定や!」
「うへぇ…!シぃ産ごめんなさぁーい。あ、誤字しぃぃちゃったよぉ」
反応は無い。
彼等は顔を見合わせた。
「行ってぇみぃぃるぅぅぅ?」
「はきはき言いや!そやな…。気ぃつけろや」
二人は遺跡エリア2に降りた。
少し緊張していたのは何故だろう?
しかし、遺跡エリア2はいつもと変わらず彼等を出迎えた。お馬鹿とはいえ、そこは歴戦の兵。彼等は先へ進む。
そして。
 

そこまで話した時、沈黙を保っていたポーンが動き出した。
ただひたすらに倒れるというロビーアクションを繰り返す。
ただひたすらに。ひたすらに。
その様子はちょっと尋常じゃない。
気持ち悪い。いや、恐ろしい。
「やめえや!ポーやめえや!」スーが慌てる。
「ポー…。落ちつきなよ」
アニェスさんが話し掛ける。
「良くわかったからね…。今日はもうお休み。ね?」アニェスさんが優しくさとす。
ポーンは動きを止めるとしばらく佇んでいたが、やがて、
「お疲レスタは癒し系〜♪」と言って消えた。
私はその日、何度目かのため息をつく。
「今日、結局何も喋りませんでしたね。彼。」
最後の挨拶はショーットカットだから、今日、彼自身の言葉は無いのと同じだ。
けれど、あのロビーアクションで彼は何かを伝えようとしていた。何かを。
「スー続き聞かせてよ」
アニェスさんは言った。その様子は真剣だった。
 

ついに遺跡2の大広間でシスティーナさんと彼等は会った。
システィーナさんは挨拶をする彼等を無視して、ただ、よたよたと近づいてくる。
ポーンが近くにいたのは偶々だったそうだ。
もともとジェルン、ザルアを最初にかけようとするFoは敵に近い位置にいることが多い。
尊敬するべきプレイスタイルだけれど、それが災いした。
システィーナさんはポーンに手を差し伸べた。
ポーンの中で眩しい光が激しく踊った。
グランツ!
慌てふためくポーン。
どうして慌てているんだろ?だって、ゲームじゃないか。
けれども、理性じゃない本能の部分が彼に危機を教えていた。そして、恐れさせていた。
震えながら、ポーンは叫ぶ。
そして、光は弾けた。
ひとたまりもない。ポーンは崩れ落ちた。
スーは速やかに身を隠した。
何故、身を隠す必要がある?つまらんジョークやないか。それに死んでも大丈夫やろ?ゲームやしな。
わかってはいた。けれども、心からくる恐怖が身を隠させた。多分、正しかった。
システィーナさんはポーンの抜け殻の前に立ち、見詰め続ける。
異種の恐怖がスーを襲う。大事な何かを失いそうな、そんな予感。
スーは思い切って飛び出し、ポーンを蘇生した。
「ポーンついてこいや!」言うと素早く逃げ出す。ポーンは動かない。
「何してる!早うしい!」
ようやくよたよたと付いて来た。
その後ろからはシスティーナさんが追って来る。
そのまま、彼等は遺跡2、1と抜けて逃げ出した。震えながら。

〜5〜

「あきれた。」私は言った。
スーとアニェスは私を見る。
「あきれましたよ。なんでそんなに大事な話があるのに馬鹿な話ができたのかしら?信じられない!」
スーは縮こまったように見えた。
「…お前らと馬鹿言ってるとな、今までのことが夢のように思えたんや。本当に恐かったんやで…。それが夢のように思えて。そのことが嬉しくてな」
 …うー。
「それにいつもみたいにしてれば元通りになるかもしれないと思った。じゃない?」
アニェスさんが優しく続ける。
「…その通りや。なにもかも戻ると思った。いつのまにか直っとると」
「わかるよ。あたしにはわかる。そう思う気持ちがね。日常を演じていれば、おかしくなったものが吊られるように直るかもしれないって思う気持ち。正しい形に直るかもしれないって気持ち」アニェスさんは言った。
「でもね」
私達はただただ、アニェスさんを見詰めた。
「でも、そんなことはないから。勝手に直るなんてない。元に戻したいのなら、あたし達が動かないと。元に戻したいのならさ」
私にはわからない。そんな気持ち。でも、それは幸せなことだったのだろう。そして、この先も知りたくないのなら。
今、私たちがやるしかない。
私はスーに謝った。しばらく、静かになった。
 

「思えば変な噂ですよね」私は言った。
「あん?何がや」スーが言う。立ち直りは早いらしい。ほっとしたような、がっかりしたような。
「システィーナさんに襲われたって噂ですよ。襲われたところで失うのはメセタだけでしょう?冗談ですむレベルの話ですよね。なんで、噂にまでなったのかな?」
「それは冗談じゃすまないからじゃないの?」
「本当に冗談じゃすまんかったしな」
そっか。確かに。でもそれじゃすまない。
「あの、遺跡を抜けたんでしょう?リューカーとか使わなかったんですか?」
「あ、そういえばそうだね。…それがヒントになるとは思えないけどさ」
「それがな…」スーは声を潜めた。
「リューカーは使ったんよ。そしたら、わいらが入る前にシスさんが降りてきてな」
 え?
「スーが使ったリューカーからですか!?」
「そうや。おかしいやろ?わいが使ったことが何故わかる?街にいたならわかるわ。でも、後ろにいたんやで」
「う…。でも、二人いたからリューカーは二つ張れるでしょう?」
「ポーの奴は…その…おかしくなっとって付いてくるのがやっとだったんや…」
スーは私達を見詰めた。
「お前らシスさんと仲良いやろ?何か知らんのかい」
「あたしは最近会ってないね」アニェスさんが言う。
そう、システィーナさんとは最近会っていなかった。寂しく感じていたのは確か。
「私もです。ああいう人ですから、頼りにされていたし忙しいのかなって思っていました。でも、メールのやり取りはしていましたよ」
私が彼女を見つけたらメールを出していた。
彼女からもメールは来た。
笑顔の絵文字。彼女がお礼を言う私達に返す笑顔。シンプルかもしれないけれど私は好きだった。
今日だって私達はやり取りしていた。その影で、そんな奇妙な事が起きていた。
私の知らないところで…。
いや、今からでも遅くはない。
「私行ってみますね。システィーナさんの所」
二人は私を見た。
「危険だと思う。まだ、なにもわかってないんだよ?決して下手な冗談じゃないようだしね」
「これが冗談だったら許さへんわ。でも、冗談だったらどれほどいいか。シスさんとポーのアホ死ぬほど、どついてすませたるのにな」
でも。
「でも、冗談じゃないのならシスティーナさんは?」
私は二人を見返す。
「システィーナさんはどうなるんでしょう?」
返事は無い。やがて、アニェスさんが言った。
「今すぐ行くの?」
私は頷く。
「そうだね…。わかった。あたしも行くよ。スーはここにいな」
スーはため息をついた。そういえば、ため息をつくスーなんて初めて見る。
「俺もいくわ」

〜6〜

私達はシスティーナさんが部屋を作っているロビーへ移動した。そこに佇んでいた赤い髪の人。
「あ、アペルさん」
なんとそこにはアペルさんがいた。
「アペさん、シぃちゃんのことでここへ?」
アニェスさんが尋ねる。
「まあな」
私はカウンターでシスティーナさんのいる部屋を調べた。なるほど、EP1のULTクラスでバトルモードだ。部屋名は…。
「淵」。
「淵」か…。何か引っかかる。
「淵」…。
「お前ら、シスのところへ?」アペルさんが尋ねた。
「そうです。アペルさんはシスティーナさんのこと何か知っていますか?」
「いや。でも、気になることがある」
「なんです?」
「わからん」
あらら。でも。
「淵」アペルさんがぽつりと呟く。
アペルさんも「淵」で引っかかっているようだ。
「おおい。行かないんか?」スーの馬鹿、もといアホがごねだした。
「私達システィーナさんの所へ向かいます。アペルさんはどうします?」私は尋ねる。
「いや、やめとく」アペルさんは言った。
「調べることがあるし」そこで言葉に詰まった。
「シスが移動したら追いかける」
「了解。じゃ、行こうか」アニェスさんが部屋へ飛び込んだ。スーが続く。
「アガサ」
「はい?」
「気をつけろ」
私は頷いて、そして、部屋へ入り込んだ。
 

「やっぱり遺跡エリア2なんよな」
スーが呟く。
スーの時と同じように転送装置は遺跡エリア2まで移動可能な状態であった。
遺跡エリアの様子はいつもどおり。
薄暗くて、どことなく漂う絶望感と喪失感。
全ての秘密と悲劇を内包した空間。
儚い希望を携えて、けれども、追い続けたあの人の悲しい終末を予感しているハンター達が駆け抜ける場所。
「急いで…。急いで…」
そんな声が聞こえる気がする。
「手遅れにならないうちに…」
私達もそんな一員だ。
「ほら、間に合わなかった!」
びくんと身を震えさせた。
そうはさせない!決して!そんな事は許さない!
今、私達がいるのは大広間の前。
大広間はスーとポーンがシスティーナさんに襲われた地点だ。
マップは大広間に矢印を指し示している。
つまり、そこにシスティーナさんがいるということ。
「行きましょう」
私は先頭をきって歩き出す。
私達は大広間に入り込んだ。
広く見通しがいい。だけれど、圧迫感はどこより強い。
何故ここでなければならないのだろう?
やがて、よたよたと歩を進めるシスティーナさんが現れた。
大広間をはさんで対峙する私達。
私はとまどう。
この様子…。どこかで見たことがある。
どこかで。私はこの感じを知っている。
「淵」。
「淵」とは何か…?
私はシスティーナさんと向き合った。
私の体はダガーを構えて戦闘態勢に入る。
慌ててダガーをおろす。
どうして?どうして、こんなことに?
システィーナさんはゆっくりと私に手を伸ばす。
私の中で光が激しく踊りだした。
恐怖で身が縮む。倒されてしまった時、私はどうなるのだろう。ポーンの姿を思い出す。
今、ここは安全じゃないのだ。
ゲームじゃない。
どうして?どうして、こんな…。
「淵」…。
そうか。「淵」なんだ。
私は後ろを振り返った。手を伸ばす。
「アガサ!」スーが叫んだ。
心配してくれる彼は初めてだ。不思議な気がする。
「聞いて。これは『淵』なんだ」
「そんなこと言うてる場合やないやろ!」
「どいてっ!」アニェスさんが走って来る。
 私の中で踊っていた光が弾けようとする。
 激しい衝撃が私を襲う。
私は転倒した。
しかし、先ほどまで私が立っていた空間で光は弾けた。
「間に合ってよかったよ」アニェスさんが力強く頷く。手には御自慢の大剣。澄んだ刀身が白い姿を彩る。
「ありがとうございます…」私は微笑んだ。
グランツが弾けようとした瞬間、アニェスさんは私を大剣で殴りつけたのだ。転倒した私は、そのおかげでグランツを免れることができた。
「グランツよりは全然いいでしょ?」
「本当に」私は立ちあがった。
「それでシスティーナさんは?」私は尋ねた。
「奥に逃げて行ったで」スーが答える。
「それで、『淵』ってのは何や?」
「先に進みながら説明します」
私は奥を見詰めた。
「急がなきゃ」
「アペさんからメール来たよ。」アニェスさんが言う。
「なんやって?」
「DFを倒せ。だって」
 私は頷いた。

〜7〜

「淵より来るもの」。
一度は体験しただろう。
奥深いストーリーを飾る最後のクエスト。
一連の騒動はまさにそれだ。
私だって信じられない気持ちは強い。そんな馬鹿なことって無いと思う。
しかし、さっきのシスティーナさんは「淵より来るもの」に登場していたFoの様子とよく重なる。
ふらふらと大広間に現れた悲劇のFomarl。
加えて、「淵」という部屋名。「DFを倒せ」というアペルさんの言葉。
もし、これが「淵より来るもの」でシスティーナさんが、D因子に侵されたとするなら辻褄は合ってしまう。
だとすると、私達には時間がない。
「次っ!敵の群くるよ!ソーサラーはあたしがやるから、スーは迎撃、アガサ出撃!」
アニェスさんの激が飛ぶ。
何度目かの激しい攻防が始まった。
背中合わせになった私達は武器を構える。
「こいやっ!」
スーが構えたガエボルグは群に激しい一撃を与え動きを止める。
私は群に飛び込み各体撃破していく。
私達に時間がないと思う理由は二つ。
一つはシスティーナさんより先にDFの元へとたどり着かねばならないこと。
侵されているシスティーナさんはDFに味方するだろう。私達はDFとシスティーナさんを相手にすることになる。
 避けたいのなら、システィーナさんより早く転送装置へとたどり着き作動させてしまうしかない。
群のうちの一体がスーを打ち付けた。
私は急いでその個体を斬りつける。
「アホッ!後ろ見い!」
 後ろから激しく打ち付けられる。
「大丈夫かっ?」
 軋む体をおして、敵を睨みつける。
撃破する。
私達に時間がない、もう一つの理由はシスティーナさんだ。
私達が敵に襲われるのは当然のこと。しかし、システィーナさんはどうなのだろう?「淵より来るもの」で大広間に現れたFomarlの最期はどうだった?
彼女に標的は合っても手を下した者はいなかったろう。
彼女は敵の手で葬られたのだ。味方をしていた者の手で。
だったら、システィーナさんの場合は?
そして、今のシスティーナさんに反撃はできるのだろうか?
システィーナさんがやられる前にDFを倒さねばならない。
私が考えうる最悪の事態はシスティーナさんが敵にやられてしまうこと。
そして、もう一つ。
その時、光が貫いた。
アニェスさんが崩れ落ちる。
「どしたっ?!」
「アニェスさんがソーサラーにやられました!」
「援護したるからアガサ切り込めや!」
「了解!」
私は各種トラップを撒きつつ、スーの槍が作りあげる安全圏へと駆け込む。
「アニェスさん!」
アニェスさんはぼぅっと立っていた。ソーサラーは次の攻撃モーションへと移る。
私は血の芸術品を構える。
「だめよ!アガサ止めて!」
アニェスさんが叫んだ。
 ソーサラーのクリスタルは黄色く濁る。
「メギドが!」
「やれ!アガサやれっ!やれぇ!」
 私は斬りつけた。
ソーサラーは連撃に耐え切れずに倒れた。
「あ…」アニェスさんは呆然としている。
「どうしたんですか?」
 薄暗い遺跡の中で、その声は陰鬱に響く。
「今、ソーサラーの顔がシぃちゃんに見えた…」
強気だったアニェスさんが沈んでしまった。寒くはないはずなのに冷えを感じる。
いや、震えるのは冷えからくるものじゃないのかもしれない。
私が考えうる最悪の事態は二つ。
システィーナさんが倒されること。
そして、私達が恐怖に負けて倒されることだ。
本当に恐ろしい。でも、先に進むしかない。
見捨てられないのなら。
 

「結局、間に合わんかったわけやな」
スーが言う。それでもその声は明るい。
私達は間に合わなかった。けれども、最悪の事態は免れたのだ。
私達はDFの転送装置の前にいた。装置の中で佇んでいるのはシスティーナさん。傷だらけでうつろな様子だけれど無事なようだ。
そして、私達も生きている。
「ま、良かったのかな。無事みたいだしね」
アニェスさんが呟く。
「もう、慌てる必要もないわな」
スーがふらふらと出て行った。
「ちと、買いもの」
「あー、あたしも行くよ」
そう言うとアニェスさんは持っているアイテムを置いた。
「なんです?」
「あんたはここで見張ってて。もし、シぃちゃんが装置から出たら教えて。すぐ飛び込むからさ。…ま、そんなことないだろうけど」
「はい」
「よろしく」アニェスさんも出て行った。
辺りは静寂に包まれる。
私はため息をついた。今日、何度目かのため息。ただ、今までと違うのは安堵のため息だということ。
無事な姿が見れて嬉しい。それに、この戦場をたった一人でくぐり抜けてきたことを尊敬する。私達は三人もいてぼろぼろなのに。
ここでまた、ため息。
どうしてこんなに弱いのだろう。
私とシスティーナさんの違いは何だろう?
いや、確かにどこもかしこも違うけれど。
そういう問題じゃなくて根本的に大きく違うところがある気がする。
どこと無く優雅。豊富な知識。それでいて、とても気さく。なにより、優しかった。
そして「癒すもの」。
そう、彼女には信念があった。彼女は「癒すもの」を選んだのではなく、「癒すもの」だった。少なくともそうあろうとした人。
適当に選んだ私とは違う。
違うのだ。
「どした?馬鹿がぼぅっとして。みっともないで」ふと気づくとスーがいた。
「馬鹿って言わないで下さいよ。せめてアホって言って」私は笑った。
「スーはさ」
「んあ?」
「どうしてHuを選んだんです?」
「そりゃ、格好いいからよ。群成す敵をばったばったとなぎ倒す。殺陣のイメージやね」
「あはは」こいつも適当かぁ。参考になんないな。いや、それはそれでいいんでしょうけど。
「あたしはねぇ…」アニェスさんが言った。
「あー、アニェのはええわ。聞かんでも」
「なんでよ?」
「なんか重い理由ありそうでこわいわ。今日のことで暗い過去、あることはわかったしな。じゃなきゃ、あんなに落ち着いていられんわ」
「かってにわからないで欲しいな。それに落ち着いてもいないよ」
アニェスさんは笑いながら言った。
「アガサが何考えてるか知らないけどさ」
「え?」
「あんたは何かあるとすぐ態度にでんのよ。大抵ぼぅっとしてるね」アニェスさんは笑った。
「あんたが今ここでこうしていることが答えなんじゃないかな」
私はアニェスさんを見つめた。
「私が何考えてるか、わかるんですか?」
「わかんないっていってるでしょ」
アニェスさんは肩をすくめた。
静かになった。
「そいじゃ、そろそろ行くか」アホが言う。
 私達は転送装置へ入った。
「アニェスさん」
「ん?何?」
「本当に辛い過去があるんですね」
 アニェスさんは笑った。
アニェスさんの言葉が正しいのなら。私は今、システィーナさんを守ろうとしている。
「貴方を守るもの」。
そうであったなら嬉しい。
転送装置が作動した。
戦いが始まる。

〜8〜

激戦だった。私達はDFの圧倒的な力に打ちのめされた。
私達はこんなに弱かったのか?敵はこんなに強かったのか?
今更、気付いた事実。私達はとても無力だった。
しかし、だからといってどうする?
逃げるのか?あの人を見捨てて。黙って見ているのか?あの人が邪まなものに弄ばれるのを。
それが許せるのか?私達の宝が、私の憧れが、あいつの玩具になるということが。
許せないのなら、やることは一つしかない。
敵を斬ること。叩くこと。突くこと。
力で災難をねじ伏せること。
複雑に絡まりあう戦場。飛び交う力。
そうして、私達は敵に鉄槌を下せる高みを目指して駆け上がる。
けれども、混沌としつつある中で、はっきりしてきたことがある。
私達はあいつには勝てない。
その時、彼女が動いた。
 

彼女が走ってくる。
私達も駆け寄った。
私達は満身創痍だった。おそらく次の一撃でお終いだろう。
私たちが走りよる彼女に近づいていったのは、なぜだろう?
せめて、皆、一緒にいたいとでも思ったのか?それとも、彼女が助けてくれるとでも思ったのか?三者三様の理由があったろう。
私に関していえば、それが私達の普段の有り様だったから。
傷ついたものに彼女が走りより癒してくれる。私達は笑顔を交わし次へとむかう。
そう、次へと。
次の敵。次の戦場。次の試練。次の一撃。ありとあらゆる、次。
このままじゃ終われない。このままじゃ私は傷だらけのまま終わってしまう。次へと向かえない。
私には助けがいる。貴方の助けが。
システィーナさんは両手を広げた。
瞬間、両手から活力に満ちた光が広がる。
レスタだ。
「いや、届かへんよ」スーが呟く。
邪神が嘲笑ったように見えた。無駄だとでも思ったのか。
それは、届く。そして、届いた。
活力に満ちた光が私達を超えてはるか彼方まで広がった。
レスタマージ。
仲間の無事を誇りとする彼女にとってレスタマージは何よりの貴重品だった。
私達は感謝を示す。
彼女は笑顔で返した。
それは私達の普段の情景であり、そして、貴い。
私達に活力が満ちた。私達は戦う。
そして、鉄槌は下された。
勝利。
けれども、勝利の場に彼女の姿はなかった。

〜9〜

「D因子に侵されたプレイヤー」。
そんな噂が流れたのは数ヶ月まえのことだったそうだ。
BBSにも書かれていたらしいから見た人もいるかもしれない。アペルさんもそんな一人だった。
しかし、その噂を事実だと思うのはあまりに馬鹿げている。日々の移ろいの中で次第に消えていった。
ただ、BBSを見た時に感じた、心の中にひり付くような何かだけは時折思い出すという。BBSには切迫したものがあったそうだ。
「内容は忘れたのにな」アペルさんは言う。
「書いた人ってどうなったの?」アニェスさんが尋ねる。
「わからん」
そして、沈黙が訪れた。
誰もが言いたいことがあるのに口に出せない。そんな雰囲気。
「シスはどうなった?」アペルさんはついに尋ねた。
私達は戸惑う。そして、俯く。
「…お休みになったみたいです。お疲れのようでしたから」
私の声が白々しく響いた。
「そ、か」アペルさんは短く答えた。
私は少し可笑しい。
アペルさんは多くを語らない。
どんな時でも。

〜終〜

私達はステンドグラスのロビーにいた。
冒険を終えたあとのひと時。談笑を交わす。
側で椅子に腰を掛けているのはアニェスさん。変わらず頼りになる人。向こうには、スーとポーンがいる。彼らはあの騒動のあと、キャラクターを変えた。今ではちびでアフロなHumarポーンと、でぶでちょび髭なFonewmスー。キャラクターを交換することに何の意味があるのか私にはわからない。けれども彼らなりに深い理由があるのだろう、精進している。アペルさんももうすぐ来るだろう。
私達の日常は平穏な表情を見せつつ、ぎこちなく過ぎていく。
彼女を無くしたままで。
痛いような感情が身を貫く。
会いたい。
私達には彼女の癒しが必要だから。彼女はそれを真似事だなんていっていたけれど、そんな風に思っていたのは彼女だけだったろう。
もし、無事なのなら。ただ、一言言葉を交わすだけでいい。
私達には貴方が必要だった。
お願いだから。会いにきてほしい。
「アガサー。移動するって。…聞いてんの?」
「はーい」
「聞いてないってこと?!」
「違いますよ!アホ言うのは二人で十分です」私は言った。
アニェスさんが笑った。
皆が次々と消えていく。
私は周囲を見渡す。そして、消えた。
また、いつか会えるだろうか。
 

やがて、ロビーは静かになった。
そこに訪れた一人の影。彼女は辺りを一周すると首を傾げ消えていった。